広島平和記念資料館 ― 2011/05/17

広島平和記念資料館。こちらは本館。被爆者の写真や遺品が展示されてます。
入館料は大人50円。安っ!小・中・高生30円(20人以上は無料)
こちらは東館。被爆前後の広島の歩みが展示されてます。
こちらは東館。被爆前後の広島の歩みが展示されてます。

8時15分で止まった腕時計。館内に入ると最初に目に入る展示。
これは原爆投下前の平和記念公園のジオラマ。
左下の建物が広島県産業奨励館。すなわち原爆ドーム。
左下の建物が広島県産業奨励館。すなわち原爆ドーム。
こちらが原爆投下後。見渡す限り何も無くなっている・・・。
原爆ドームを模した展示ブース。その壁一面に貼られているもの・・・。
世界で核兵器の実験が行われる度に時の広島市長から送られた抗議文です。
当日撮影されたきのこ雲。
当日の被爆者の写真や・・・、
火傷を負って逃げ惑う人たちの再現も展示されてます。
かなりリアルに作られるのでショッキングです。でもこれが現実だったのだ。
かなりリアルに作られるのでショッキングです。でもこれが現実だったのだ。
1945年8月6日朝8時15分17秒、アメリカの爆撃機エノラゲイから
投下された原子爆弾リトルボーイが地上約600m上空で炸裂。
瞬間的には摂氏100万度、小型の太陽とも言える灼熱の火球を生み出し、
地上には摂氏6000度の高温が照射されたのである。
原爆による第一の破壊はこの熱によるものである。
投下された原子爆弾リトルボーイが地上約600m上空で炸裂。
瞬間的には摂氏100万度、小型の太陽とも言える灼熱の火球を生み出し、
地上には摂氏6000度の高温が照射されたのである。
原爆による第一の破壊はこの熱によるものである。
これがリトルボーイのレプリカ。全長約3m、総重量4トンの爆弾が
14万人の命を一瞬で奪い去った。
14万人の命を一瞬で奪い去った。
時計や下駄、遺髪や中身が黒く焦げた弁当箱等、
痛々しい遺品も展示されている。
痛々しい遺品も展示されている。

原爆のにる破壊の二番目は爆風。
その威力を物語る爆風で曲がった鉄製の扉。
その爆風は爆心地から500m地点では音速を超える
スピードで1平方メートルに19トンの圧力で押し寄せ、
半径2Kmの木造建築物を全壊させた。
その威力を物語る爆風で曲がった鉄製の扉。
その爆風は爆心地から500m地点では音速を超える
スピードで1平方メートルに19トンの圧力で押し寄せ、
半径2Kmの木造建築物を全壊させた。
そして3番目の破壊は放射能によるもの。
この黒い筋はいわゆる「黒い雨」にさらされシミが残った壁の一部。
当時は放射能の危険性を知る人が少なかったため
この黒い雨を浴びた事による二次被爆した人も多くいる。
その一人が佐々木禎子さんである。
この黒い筋はいわゆる「黒い雨」にさらされシミが残った壁の一部。
当時は放射能の危険性を知る人が少なかったため
この黒い雨を浴びた事による二次被爆した人も多くいる。
その一人が佐々木禎子さんである。
彼女が残した折り鶴の一部も展示されている。
向こう側で子供たちが熱心にお勉強中。
君たちの世代には核兵器や戦争が無くなっている世の中になってるといいね。
おじさん達も頑張るから君たちも頑張るんだよ!
向こう側で子供たちが熱心にお勉強中。
君たちの世代には核兵器や戦争が無くなっている世の中になってるといいね。
おじさん達も頑張るから君たちも頑張るんだよ!
その秋、75年間は草木も生えないと言われた広島で
新しい花が芽吹き人々は生きる希望を取り戻す。
そして66年後の今、再び日本の地は危機にさらされている。
戦争ではないが、巨大地震による津波と
世界で初めての多重メルトダウンという悲劇。
新しい花が芽吹き人々は生きる希望を取り戻す。
そして66年後の今、再び日本の地は危機にさらされている。
戦争ではないが、巨大地震による津波と
世界で初めての多重メルトダウンという悲劇。
広島・長崎のごとく見事な復興が1日でも早く訪れるよう願うばかりである。
訪問日:2011/5/2
訪問日:2011/5/2
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